図は桜井茶臼山古墳の銅鏡の破片 出典橿考研2017図録
銅鐸や鏡がよく破片で出土することがあるが、これは再利用や信仰上の埋納行為と考えられている。しかし、新井宏氏が説明されている経年損傷の一種である応力腐食割れによるものという指摘から、、破鏡といった意図的な破壊といった行為はなかった、という見方がある。しかし、すべてが応力腐食割れによるものとは断定できないと考えられることを説明する。
銅鐸の破片も再利用されていた。
従来、奈良には「見る銅鐸」がなく、滋賀、東海地域より早くに鏡の祭祀に切り替わったと考えられてきたが、実は奈良地方にも見る銅鐸の破片がどんどん検出されるようになって認識が変わってきている。
「畿内中心部で「見る銅鐸」の分布が希薄に見えたのは、その最終段階で細片となるような扱いがなされたためであって、本来は畿内地域にかなりの数の「見る銅鐸」が分配されていたと理解するほうが資料の実態に合致しているといえる。つまり、奈良はいち早く銅鐸祭祀が終了した、とはいえないことになる。以前、銅鐸が早くに消滅するのは神武の侵攻によるものといった考えもあったが、実際はそのようなことは言えないのである。
そして、奈良では祭祀行為の他に、銅鏡などの制作の原料とするために、破砕した可能性もある。
2010年に行われた徳島県立博物館による実験では、復元銅鐸を電気炉を用いて750℃で5分間加熱し、赤熱した状態で金槌で叩くことで容易に破砕できたことが報告されている。
そうすると・・・この銅鐸の原料は中国からの輸入であったはずで、その銅鐸を原料とした銅鏡にも、中国産の特徴がみられる可能性もある。破片の一部を祭祀用、首飾りにした可能性もある。耳だけ切り取られたものもある。
ご覧のように、ちょうど絵画が描かれることがある方形の枠内だけを見事に破壊している。目的は定かではないが、意図的な行為であったことは確実である。
銅鏡は割れた状態で出土することが多いが、平原古墳に見られるように、破砕して埋葬地の片隅に固め置くようなことも見受けられる。これを、信仰上の行為、鏡の祭祀として理解されているが、意図的に破壊されたのではないという否定的意見もあった。
新井宏氏は、応力腐食割れで鏡に亀裂が入る可能性を指摘している。つまり自然にヒビが入るというのである。しかし、桜井茶臼山古墳に見られるように、粉々にされているものは、応力腐食割れでは説明がつかないであろう。
桜井市茶臼山古墳の検出された銅鏡破片は、103面のうち中国鏡が56面、三角縁神獣鏡26面、国産鏡21面であったという。331点の銅鏡片の多くは天井石上の土砂に含まれていて、石室内に埋め戻された土砂にはごく少量しかなかったという。盗掘者の行為によるものなら、小片が石室内に相当量残るのが自然であるが、1961年の調査報告書によると、石室の両端に若干集中していた程度であった。
「これら破片のなかに周囲に研磨痕が見られるものがあり、それは破片の状態で副葬された破鏡だろう」と今尾文昭氏は指摘している(今尾2009)。
枚数が103面にものぼるというが、それら全てが小さく破砕されていたという事実は、盗掘者の踏みつぶしということはまず考えにくいのではなかろうか。出土鏡に研磨痕が現実にあるのだとしたら、「意図的な破砕」を示唆するが、魏朝からの下賜鏡をどうして簡単に破砕するのだろうか、という疑問も残るが。
最初に置かれたものが割れてそのままの状態で検出されたものと、応力腐食割れを起こした鏡片をさらにこまかくして意図的にばら撒いた可能性は残る。それは祭祀行為として破片を特定の場所にばらまいたのであろう。
また、銅鐸ではその破片を首飾りなどに再利用しているケースがあるが、同様に銅鏡の破片も周囲が磨かれて穿孔がされているものがある。

破断面及び全体が研磨され1ヶ所に穿孔が確認できる。懸垂用と考えられる穿孔は破断面のほぼ中央に穿たれている。シンメトリーを意識したようだという。こういった事例がいくつもある。
銅鏡に見られる亀裂は、確かに応力腐食割れによるものと考えられるが、その破片の再利用、それをさらに細かく割って、特定の箇所に撒くという行為は否定しがたい。しかもこの破鏡が九州からはじまっていることも注意が必要と思われる。
また、鏡は簡単に割ることはできないのではないか、力を加えても10円玉のように曲がるだけだ、という意見もあったのでここで説明しておく。
銅は錫の配合が高くなれば硬度は増すが、脆くなる。10円玉の錫の配合は1~2%。しかし銅鏡は20%から30%となっており、固いが割れやすくなる。実際に、松本清張は自分の所有の銅鏡を落として割ってしまったと記している。銅鏡の鋳造実験で、錫の配合が高いと割れてしまう様子も見ることができる。つまり、ガラスのように割れることはありえるのである。
完形の鏡にひびが入っているものもよく見かけるが、この場合は応力腐食割れの可能性はある。しかし、細かい破片をまとめて置かれている場合は、意図的に割る行為は否定できないし、信仰上の理由も大いに考えられるのである。
髙橋敏2015『破鏡及び鏡片の再集成と馬洗場B遺跡出土例からみえてくるもの』山形県埋蔵文化財センター研究紀要
新井宏「金属を通して歴史を観る 13.三角縁神獣鏡⑷追論」颯 颯 鰊 - 新井宏(ARAI Hiroshi)のWWWサイト
今尾文昭2009『古墳文化の成立と社会』古代日本の陵墓と古墳1青木書店
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橿考研2025『王陵桜井茶臼山古墳』(令和7年度春季特別展)
松本清張2007『遊古疑考』河出文庫
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