段階古墳
                               鳥取県西穂波16号墳       福岡県の日拝塚古墳
 前方後円墳はすべてが、方部と円部を同時に作り上げたわけではないようだ。明らかに、円墳を造り、その後に新たに方部を付け加えるという築造もあった。いくつかの事例を紹介しておきたい。

⑴段階築造とされる古墳
 
白米(しらげ)山古墳 京都加悦町(現与謝野町)後円部側根石に大きな石を斜面に沿うように置き、その上にも石を貼るように隙間なくびっしり葺いている。それがくびれ部を境として前方部では小口積みとなる。明らかに方部は後から異なる工法で築造している。
中山大塚古墳 奈良県天理市 全長132m ほぼ全面葺石 箸墓と似ている。
養久山1号墳 兵庫県たつの市 三世紀後半の造営。
矢塚古墳  桜井市纏向古墳群 円形部に突出部が付く古墳(石野博信氏)。
 
 後から前方部をつけたことのわかりやすい実例が図の右の福岡県の日拝塚古墳だ。先に円墳とそれをとりまく周濠がつくられ、前方部敷設時に周濠を切って構築されている。このような古墳がほかにいくつもあること指摘する研究者がいる。
 
 図の左の鳥取県西穂波16号墳の調査で、植野浩三氏は前方後円墳の築造における区画溝の検討をされている。氏の論考では後円部を取り巻く周濠が前方部の下をもぐるように存在するものを区画溝とし、これは後円部を築造するためのもので、前方部の築造時には埋められてしまうことから、周濠とはことなる区画溝と呼称される。氏は他の周濠との関係などから、後円部を完成させてすぐに区画溝を埋めてから前方部の築造となり、最初から前方後円墳を企図したものとされて段階築造は否定されている。
 しかし、この場合、わざわざ溝を全周に掘って、方部との接合部を円部完成後に埋めてから方部の築造をするなどというのは現実的ではない。仮にすぐに工事にかかるとしても、湧水や雨水のある溝を埋めて安定させるのに時間はかかる。ここは当初は円墳を作ったがあとから方部の追加工事をしたと考えるのが普通だろう。同様のケースである日拝塚古墳の場合は担当者は段階築造と判断しているのだ。氏はこの区画溝のある古墳を合計十二か所あげておられ、地元の調査者が方部は後の付加と解説される古墳もある。
 
 植野浩三氏の区画溝のある古墳のリスト  ※氏は他に福岡県那珂川町観音山1号墳も方部は後の追加とされる。
福岡市神松御陵古墳(横穴式・六世紀中)、  日拝塚古墳(横穴式・六世紀中)、  兵庫県豊岡市見手山一号墳(横穴式・六世紀中)、  鳥取県倉吉市鋤・高鼻二号墳(箱式石棺・六世紀中)、  鳥取県東伯郡大栄町上種西十四号墳(木棺・六世紀後)、  同西穂波十六号墳(横穴式・六世紀後)、  石川県七尾市温井十五号墳(木棺・六世紀中)  千葉県市原市持塚二号墳(横穴式・七世紀)、  千葉県木更津市高千穂七号墳(不明・六世紀)、同山伏作一号墳(不明)、  埼玉県児玉郡長沖八号墳(横穴式六世紀後)、  群馬県前橋市総社町王山古墳(横穴式・六世紀後)

⑵その他 段階築造の可能性を考えたい古墳
 
 広瀬和雄氏は奈良県西殿塚古墳が円部と方部がつながらないことを指摘。奈良市五社神古墳(神功)も前後のテラスが同一平面でつながらない。また福岡市の那珂八幡古墳も前方部との境目が不明瞭と言われている。他に岸和田市の帆立形の風吹山古墳、奈良県築山古墳なども可能性がある。さらに以下のようなものもある。
岐阜県昼飯大塚古墳 墳丘の埴輪破片の上に葺石があり、改築がなされた可能性が考えられる。
滋賀県田中王塚古墳 帆立貝式とされるが突出部の接合が調査で不自然とされ、後の追加と判断。ただしその追加工事が古墳時代に行われたかは不明。
松山市三島神社古墳 排水口もつ横穴式前方後円墳。円部と方部の土が全く異なり、前方部を後に構築したとされる。

千曲川
        長野県千曲川市森将軍塚古墳

⑶私見による段階的と考えたい古墳
 
 千曲川市森将軍塚古墳。山上に尾根に沿って作られた全長100mの前方後円墳で四世紀半ばの築造とされ、長期に渡って埋葬が行われ、周囲に計81基の埋葬が検出されている。くびれ部の後円部前面の石垣が前方部墳丘の盛土で埋まっており、また後円部の裾部の周囲の貼石帯が前方部には全く存在していないことなどから、先に円墳をつくり初代首長を埋葬し、後に前方部を付加させて二、三代目の石郭を作ったと考えられる。現地の説明では同時に築造と説明されているが、理由があいまいである。よってこの古墳も円墳完成後に新たに方部を増築したと考えたい。

 このような段階的、つまり後からの追加工事で方部が足される事例は今後も見つかるのではないかと思われる。

参考文献
広瀬和雄「前方後円墳とはなにか」中公叢書2019  
植野浩三「区画溝と周溝墓」1997 近江町教育委員「法勝寺遺跡」1990
森田克行「シリーズ遺跡を学ぶ よみがえる大王墓」新泉社2011 
更埴市教育委員会「森将軍塚古墳 Ⅴ」