IMG_0461 (1)蛇土偶正面
      頭部に蛇が描かれている土偶、縄文中期藤内遺跡出土      
        長野県諏訪郡富士見町井戸尻考古館


 たいていの土偶と同じく、下半身と左手が欠損していたのだが、発見者らが木製の土台に固定させたそうだ。
IMG_0460頭蛇 横から

IMG_0462頭に蛇
 頭に蛇が表現される土偶は大変珍しものだという。

 表記はされていないが、次に紹介する土偶も蛇を頭に表現しているのではないかと考えている。

DSC_0770望月頭蛇
    長野県佐久市立望月歴史民俗資料館 浦谷B遺跡縄文時代後期前半

 顔も欠けてはいるが、目の表現から少し表情が怖い印象をもつ。

DSC_0778望月頭蛇上から
 頭部を見ると、同じような形状で描かれており、蛇と考えてよいのではないか。突き抜けてはいないが、先の藤内の土偶と同様の小孔がある。
 
1.蛇をあやつるシャーマンの土偶なのか?

 民俗学の谷川健一氏は、この土偶を沖縄・奄美の事象と比較して「縄文中期において、巫女は自分の侍女の頭にマムシをまきつけて、それが噛まないことを衆人にみせ、自分の威力を誇示したのであったろう」とされている。はたして縄文時代にこのような呪術を行う巫女・シャーマンがいたのであろうか。いたとしたら、では、何のために蛇を使う巫女を表現する土偶をつくったのであろうか。  
 この左手と下半身が欠けているので全体像はわからないのだが、蛇以外の特徴としては、左目の下に入れ墨、もしくはペイントで2本線が描かれているぐらいだ。この土偶がシャーマンなら、もう少し玉飾りとかの装飾表現があっても良いのではないかと思える。頭には小孔があってそこに鳥の羽を刺していたという表現は考えられているが。どうも私にはシャーマンの姿を造形したようには思えないのだが。縄文の人たちが、なにか具体的な目的を持たせたものではなかろうか。

2.出産に立ち会ってもらう守り神

 土偶の用途については、様々な説が出されているが、決定的なものはない。『土偶を読むを読む』(こちら)にはその全容が時系列にわかりやすく説明されている。そこにも記されているが、土偶にも時代や地域によって共通する要素をもちながらも異なる目的で作られていると考えるしかなく、縄文人の切実な願い、宗教観による呪術的な祭具であったのではなかろうか。とりわけ、この頭に蛇を戴く土偶は、かなり特別なものであったと考えられる。
 そこから、私の単なる思い付きだが、当時の出産の際に助けてもらえる存在としての土偶であったのではと考える。戦前の日本にあった、地域の女性が妊婦といっしょになって、いきんでみせるという習俗のようなものが、縄文の女性たちにもあったのではなかろうか。当時は出産時に母子ともに死亡するような事故も少なくなかったであろう。本人だけでなく、周りの女性たちもいっしょになって安産を祈ったはずである。
 蛇は、古代より出産と密接な関係があることを既に説明している(こちら)。前回紹介した『日本産育習俗資料集成』の分娩の項には、産婦に子安貝、またはたつの落とし子をにぎらせる(和歌山県)、といった安産の為の事例が紹介されているが、なかには、まむしの頭を頭髪にはさんでいるとめまいをしない(福井県)、出産時に蛇の抜け殻を腰につけるとよい(群馬県)といった、蛇を産婦の守護的な存在に見立てている事例がある。
 土偶の目的・用途の説の中には、早くから安産のお守り説があったが、あまり肯定的な評価はない。私見では、単なるお守りではなく、蛇が描かれた土偶も、妊婦を守り、安産で生まれるためのものであり、なかには、妊婦がこのような土偶を握っていきむようなこともあったのではないかと考える。出産の際に一緒に立ち会ってくれるお守り、そばに置かれて、苦痛を分かち合ってくれる存在としたい。
 よって、蛇を頭に戴いた土偶に限っては、出産立ち合い土偶、お産に寄り添う守り神、となるであろうか。ひょっとすると、蛇の表現のない他の土偶にも、同じような使われ方があったかもしれない。あくまで妄想ではあるが。なお実見はしていないが、蛇だけでなく、猪や蛙を頭に載せた土偶もあるという。猪も多産であることが関係するかもしれない。

参考文献
谷川健一「蛇 不死と再生の民俗」冨山房インターナショナル, 2012
望月昭英編「土偶を読むを読む」文学通信2023
写真は、井戸尻考古館と望月歴史民俗資料館にて