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 モーツァルト晩年の傑作オペラである『魔笛』(初演1791年)は、楽曲そのものの評価とは別にその物語には矛盾があるとか、善悪が途中で逆転するといった批評がある。なんでも作者のシカネーダーとモーツァルトは共にフリーメーソンに加入しており、その教義が筋書きに使われたとか、登場人物のザラストロの名前がゾロアスター教と関係しているとかも言われている。だがそれ以上に、私には気になることがある。それは、物語の要所要所に日本の古事記の説話となにやら似たようなものを感じるのである。気づいた範囲でその箇所を書き出してみたい。

1.古事記のサホビコ(沙本毘古)とサホビメ(沙本毘売)の説話
 垂仁天皇記には、后のサホビメと兄のサホビコの兄妹が図って天皇殺害を目論むが失敗に終わり、城に逃げ込んで抗戦するも、二人とも亡くなり子のホムチワケ(本牟智和気御子)だけ救い出される説話がある。日本書紀にも同様の内容をさらに詳しくした記事がある。
 『魔笛』では、王子タミーノが神殿に仕える大祭司のザラストロから試練を与えられるも無事に乗り切り、夜の女王の娘パミーナと結ばれることになる。そのパミーナは夜の女王からザラストロの殺害を命じられるが、はたせず悩んだ挙句、相手のザラストロに白状してしまう。実はザラストロが善人で夜の女王が悪役だったのであるが、実母である夜の女王が娘のパミーナに、「お前は彼を殺し偉大な太陽の環をその手に戻すのです」と言う。
 一方の古事記では兄であるサホビコは妹のサホビメに、「お前が私を愛するのなら、二人で天下を治めよう」と天皇殺害を命じる。これは殺害動機に「太陽の環」の奪取、「天皇の代わりに二人で天下を治める」という大義名分、動機を語っているのではないか。
 次に、夜の女王は娘に「お前がザラストロに死の苦しみを与えないならば、もう親でもなければ子でもない」と決断を迫って、短刀を渡すのである。有名なアリアの歌われるシーンである。またその短刀について、夜の女王は「ここに短刀がある。これはザラストロのために研がれたもの」と特別にこしらえた刀物であると語っている。
 サホビコの方は、妹に「夫(垂仁天皇)と兄のどちらを愛しているのか」とせまり、紐小刀を渡している。原文では「八塩折(ヤシホオリ)の紐小刀」で、何度も繰り返して打ち鍛えたという意味であり、この場合も特別に作られたものだと説明しているのである。
 だが、殺害計画は未遂でおわる。パミーナは悩んだ末に、ザラストロに母から殺害を命じられたことを告白する。するとザラストロは「罪はあの女にある。お前の母親は自らを恥じて自分の城に引き返すことになるだろう」といってパミーナについては許そうとしたのである。
 サホビメも、天皇を殺めることなどできずに、天皇に気づかれて、すべてを白状してしまう。天皇は討伐軍を出すが、サホビコは稲城を作ってそこに入って戦うことになり、サホビメも城に入るが、天皇は最後まで后であるサホビメを城から救出しようとしたのであるが失敗して子供を残して二人は絶命する。
 相手が城に逃げるところと、殺害に失敗したパミーナとサホビメはともに許されるところも共通だ。
 以上のように、近親のものが殺害を命じる、そこに大義名分を語り、その際に脅すように相手を従わせ、特別に準備した小刀を用意する。だが未遂に終わり、相手に白状してしまうが、その罪は許し、首謀者の方は城に逃げる。酷似しているとまでは言い切れないが、それにしても似たようなプロットである。しかし、この相似形は、別の説話にも見受けられる。それは大国主の話だ。(つづく)