英雄マナスを語るキルギスの老人(ウィキペディア)
1.英雄の異常出生譚
以下は「シルクロードの伝説」のキルギス(柯爾克孜)族の男、マナス(瑪納斯)のお話。
はるか昔、ジャケップ(加庫甫)夫婦は百歳にもなるのに子がなかった。ある年、妻のお腹が大きくなったが、ちょうど20ケ月たって産み落としたのは、なんと肉の塊だったので、ジャケップはカンカンに怒った。「魔物のしわざで、わしが捨ててこう」妻は言った。「どんな姿であろうと、わしの身から出たものじゃ、どうか一度、なかを割って見せてください」懇願されてジャケップはうなずいて、肉塊をわってみると、なかには可愛らしい男の赤ん坊がいた。マナスの誕生だった。後に馬や弓矢にたけて兵士として活躍、民から愛された、という。
いわゆる、尋常でない出生が王たるものの聖性を保証するといった、貴人が不可思議な生まれ方をするという誕生譚だが、この場合の異常な誕生にあたるのは、肉の塊を割ると男の赤ん坊が出てきたというところだろう。なにやら桃太郎の誕生と類似しているが、ではこの夫婦が高齢でさらに妊娠期間が通常の倍であるというところはどうであろうか。
百歳の夫婦は実は二倍年暦で50歳となるのではないか。さらに、男の子は20か月たって生まれたのであろうか。これも、20ケ月ではなく半分の10ケ月、と考えれば普通に理解できる。しかし、古代では月数はどうなっていたのだろうか。一か月15日などとしていたのであろうか?その可能性がある暦法がティティと呼ばれ古代インド、チベットなどにあるという。
2.一か月を二つに分ける古代の暦法
「国立天文台暦Wiki」によると、ティティとは、月と太陽の黄経差=月の満ち欠けを、12°ごと=30個に等分したものだという。太陰暦月の日付を数えるのに用いる。
新月から満月までの満ちていく期間を白分 Śukla pakṣa
満月から新月までの欠けていく期間を黒分 Kṛṣṇa pakṣa
この白分と黒分それぞれで日付を数えるという。
またウィキペディアでは、「伝統的なインドの太陰太陽暦では、1ヶ月(1朔望月)を前半と後半の2つの期間に分ける。 朔から望まで(月が満ちていく期間)は白分(śukra pakṣa)といい、望から朔まで(月が欠けていく期間)は黒分(kṛṣṇa pakṣa)と呼ぶ。 そしてティティも、例えばある月の第1番のティティは「白分第1ティティ」といい、朔から数えて第16番目のティティは「黒分第1ティティ」という風に、白分・黒分に分けて呼ぶのが普通である。」とされている。
また『大唐西域記』巻2に「黒分或十四日十五日。月有小大故也」とあって、必ずしも15日ではなく、14日の場合もあるという。
上記のような白分と黒分をそれぞれひと月とカウントすれば、20か月で生んだというのは、現在の暦では実は10ケ月となるので、正常分娩となる。よって、この英雄マナスは、50歳ほどの親から10ケ月で誕生したという2倍年暦で理解できる可能性はある。
この白分、黒分がそれぞれ月数とすれば、1年は24ケ月となる。ただし、上記には1年を何カ月とするかの明確な記述はない。さらに検討は必要ということになろう。
参考文献
「シルクロードの伝説」(訳:濱田英作 甘粛人民出版編サイマル出版会1983)
玄奘 (著), 水谷 真成 (翻訳)『大唐西域記』東洋文庫1999