1.根拠のない環濠の外側を取り巻く土塁の復元
広々とした公園は、弥生時代の遺跡を中心とした跡地に作られたもので、施設も充実しており、家族で休日を過ごせる立派なものだ。その中心部に、弥生環濠集落の復元がされているのだが、その環濠の外側を大人の半分程度の高さの土を盛り上げた土塁が取り巻くように復元されている。だが、この土塁は実際に発掘作業で検出されたものではない。
広々とした公園は、弥生時代の遺跡を中心とした跡地に作られたもので、施設も充実しており、家族で休日を過ごせる立派なものだ。その中心部に、弥生環濠集落の復元がされているのだが、その環濠の外側を大人の半分程度の高さの土を盛り上げた土塁が取り巻くように復元されている。だが、この土塁は実際に発掘作業で検出されたものではない。
この環濠の中に安満遺跡の展示館がある。そこに環濠の断面を切り取った展示がある。その地層に、濠の外側に土を盛り上げたものは全く見当たらない。実際には存在しなかった土塁が何故作られているのか。これは、吉野ケ里遺跡の復元を真似たものであろう。吉野ケ里遺跡の復元でも、この環濠の外側に土塁を形成しているが、実際にはそのような痕跡はなかったのだ。であるのに、環濠集落は防衛施設であって周囲の外側に土塁を設けていたという佐原真氏の熱弁が反映された復元になったという。しかし、外側に土塁を築くと防御は不利になる。敵は土塁を登って矢で環濠の手前にいる相手を狙うことができる。これは戦国時代の城の外濠にはその周囲は見通しよくするために、土塁などは作られていないのと同様だ。
この間違った復元を、安満遺跡でも踏襲してしまったのである。子供が昇って遊べるので公園としてはいい施設かもしれないが、史実の復元としては問題があるといえる。
この間違った復元を、安満遺跡でも踏襲してしまったのである。子供が昇って遊べるので公園としてはいい施設かもしれないが、史実の復元としては問題があるといえる。
この展示室には環濠を作った目的を説明したパネルが掲示されている。そこには、定説はないとして、主たる学説として以下をあげている。
①防御施設説 ②木材貯蔵説 ③動物除け説 ④伝統継承説(渡来前の大陸で行っていたから)
しかし、ここには大変重要なことが欠けているのではないか。それは治水、洪水対策。
現在のわれわれの住居にも周囲には溝がある。不要な雨水は逃がさなければならない。河川整備のされている現代では、よほどの大雨でない限り洪水被害はないのだが、古代ではそうはいかない。大雨が降れば、暴れ川となり、住居が土砂で埋もれるという痕跡が幾例もあるほで、水害には苦しめられてきたはずだ。だが安満遺跡の復元は、濠の外側に土塁があるとすれば、環濠の中のたまった水の逃げ場はないであろう。住居内はたちまち浸水してしまう。環濠の外側に、土塁を設けるという復元は、防衛面だけでなく、治水の面からも問題があると言える。
土塁の発掘での痕跡はないこと、環濠には治水の問題が重要であること、といった点で、この現地の説明パネルなどは、ぜひ見直しをしていただきたいものである。
土塁の発掘での痕跡はないこと、環濠には治水の問題が重要であること、といった点で、この現地の説明パネルなどは、ぜひ見直しをしていただきたいものである。



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