飛翔するトキ 美しい色の翼に注目!
出典HP「パルシステム」(【3/19オンライン企画】『トキを育むお米』)
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前半で、『古事記』のミヤズヒメのおすいの裾とは、天武期の礼服の規定にあるものと指摘した。そして、「月経」は時間の経過を意味していた。では、ヤマトタケルは、どうして衣の裾を見て月(時間)が経ったと思ったのであろうか。
4.ツキは鳥のトキ(朱鷺)のことだった
先に例で挙げているように、このヤマトタケルに関する説話には、鳥の名前がいくつもはめ込まれているのである。そしてこの場面の「月」や「都紀」とされている「ツキ」は朱鷺(トキ)のことなのだと多ケ谷氏はいう。
平安時代以降には「豆支」、または「豆木」(『和名抄』)と表記され、読みはツキであった。日本書紀では陵墓の地名に「桃花鳥」とあり「ツキ」の読みがあてられている。
すなわち意須比之襴にあったのは、鳥のツキ(トキ)の図柄であった。古事記現代語訳に見られる「月の障り」のことではないのである。ここにも言葉遊びが含まれているのであって、そうであるならば次のように理解できる。
ヤマトタケルはミヤズヒメの衣に描かれたツキ(朱鷺)を見て、時間を意味する月(ツキ)が経過してしまったことに気がついた、あまりに長く待たせたことを申し訳なく思ったと理解できるのではないか。ミヤズヒメの方は、同じように衣の図の朱鷺を時間の経過とみて、とても長い間、あなたを待ち焦がれていましたとの返答をする歌であったのではないか。
よって、「月経」というのは現代の熟語を意味するものではないのである。ちなみに、「月経」という熟語は16世紀末の『本草綱目』が初見のようである。『古事記』の「月経」はあくまで時間の経過を表しているのである。
これを、鳥のツキ(トキ)と掛けたことにこの歌謡の醍醐味があったのだ。
しかしまだ気がかりなところがある。ヤマトタケルは、古代の衣の裾を見て鳥のトキだと判断しえたのであろうかと。
5.ヤマトタケルが衣の裾に見たものはトキの図柄ではなく、色のことだった
『古事記』の月や都紀を鳥のツキ(トキ)とした場合に、少し気になることがあった。それは、当時の衣の裾の部分に、鳥のトキとわかる図柄が、はたして刺繍などで描かれていたのであろうかと。この点について、鳥そのものではなく、顔などに見られる赤色のことではないか、とのご意見を伺った。トキの漢字が朱鷺で「朱」とあるように、確かにトキの顔は赤い。しかし、雉など他の鳥にも赤色が見られるものがある。さらに鶏は鶏冠が赤い。しかも毎朝欠かさず時を告げてくれる鳥である。するとどうも赤色ではなさそうだ。
色の名前には、花は当然であるが、動物も特定の色を表現するものとして使われることがある。うぐいす色や燕脂(えんじ)色、聞きなれないが山鳩色もある。そして、朱鷺(鴇)色もあった。
朱鷺色というのは、漢字に朱があるので、てっきり顔の赤いところを思い浮かべるのだが、実はそうではなく、赤色ではなく淡い桃色のことであった。トキが翼を広げた羽には、見事な色彩が見て取れる。淡紅色とも言われる淡い桃色なのであった。


出典HP「新潟県庁」(トキ)
これが朱鷺色といわれるようになったのは江戸時代のこととされている。古代にはトキはツキであった。すると古代では「ツキ」色と呼ばれていたのであろうか。それが『日本書紀』にあった。
天智六年 耽羅遣佐平椽磨等貢獻
現在の済州島と考えられる|耽羅《たんら》からの使者の来朝記事がある。さらにその使者への下賜品が具体的に記載されている。
錦十四匹・纈十九匹・緋廿四匹・紺布廿四端・桃染布五十八端・斧廿六・釤六十四・刀子六十二枚
返礼として けっこう手厚い対応をしている。
その中の「桃染布」には、「つきそめぬの」との読みが付されているのである。「桃」を「ツキ」と呼んでいたのであり、なんと桃色に染めた布が7世紀にあったのだ。
さらに万葉集にも同じ表現があった。
2970番 桃花褐浅等乃衣浅尒念而妹尒将相物香裳
(訓み)つきそめのあさらのころもあさらかにおもひていもにあはむものかも
(現代語訳)桃花褐に浅く染めた衣のように、心浅く思って妻に逢うことが、どうしてあろう。
作者は未詳というのが残念だが、ここでは「桃花褐」との文字で「つきそめ」の衣が歌われているのであった。
現物の衣は残っていないが、着物に桃色が使われた可能性のある壁画がある。
高松塚古墳壁画の女性たちが着用する衣の色はカラフルだが、その西女子群像の着物の色を、緑、黄、紺、朱などとともに桃色と説明している。
ただ、上図の写真のように女性の衣が薄い桃色で、こちらの方が朱鷺色に近いのではないかと思われる。
古代ではトキのことはツキと呼ばれ、漢字に豆木、豆枝があてられ、さらには桃花鳥と書いて「ツキ」とする事例が日本書紀や万葉集にあった。羽が桃の花のような色をしていたから、この漢字があてられたことになる。そして後には淡い桃色を「朱鷺色」というようになったのである。
朱鷺との漢字表記から、てっきり朱の赤色と思ってしまったが、実は鳥のトキは桃色というイメージが古代からあったのである。翼を広げて飛ぶ姿の羽の色の美しさに古代人は注目していたのだ。
よって、ヤマトタケルはミヤズヒメのおすいの裾の淡い桃色を見て、鳥のツキ(トキ)の色であると判断し、そこから時間を連想して歌に仕上げたということになる。けっして血の色を見たわけではなかったのだ。
これで、多ケ谷有子氏の月を朱鷺のこととされた解釈に対して、より現実的な説明が可能となったと考える。
それにしても末尾に記載したが、なぜ古事記の現代語訳は、揃いも揃って「月の障り」といった解釈をつけて説明しているのであろうか。
男性の学者はその方が話としては面白いと考えてしまったのか。本居宣長も月経説を否定していたようだが、そういった先学者の指摘があったにも関わらず、女性の月経を物語にしたものだと思い込んだのは、女性心理を理解できないデリカシーの欠けた男性中心の考えによる誤読の結果だとするのは言いすぎであろうか。









