京都府乙訓郡大山崎町 離宮八幡宮 年末年始にすえられる茅の輪くぐり。
ここは中世のエゴマからなる油の製造販売発祥の地であり、そのエゴマで輪が作られている。
ここは中世のエゴマからなる油の製造販売発祥の地であり、そのエゴマで輪が作られている。
1.茅の輪くぐりは、蛇の脱皮を擬(もど)くものだった。
茅の輪くぐりは、たいていの神社では、6月の晦日、つまり6月30日に行われる「夏越の祓」の前後に設置される。しかし、大山崎の離宮八幡宮は、年末年始に据えられるが、神社によっては年2回のところもあるようだ。この茅の輪くぐりは、古くから無病息災を願う神事であったが、人が輪の中を通ることが、脱皮を意味するとも考えられている。
亡くなったイザナミに黄泉の国まで会いに行ったイザナギだが、最後は大げんかとなり決別する。そのイザナギは、「自分はなんとけがらわしい汚い国に行ってしまったのか」と言って、体を清めるみそぎを行う。このみそぎに関して吉野裕子氏は次のように述べている。
『祭りの原理』の末尾の註⑸に、「伊邪那岐命が阿波岐原(あわきはら)でみそぎされるに際して身につけられたもの、杖・帯・ふくろ・衣・褌・冠などを次々に投げすてる描写がある。何故こうまで詳細にしるす必要があるのだろう。それは、身につけたものを身からとってゆくことが「身殺(みそ)ぎ」つまり「みそぎ」だったのではなかろうか。みそぎは御禊で、身条(みすす)ぎからの言葉と考えられている。『古事記』成立期にはすでに穢れの観念が確立していたので、みそぎもまたこの視点からとらえられ、みそぎが清浄にすることの線に強く結びつけられたのではなかろうか・・・」とし、これは、蛇の脱皮の擬き、まね事として行われたのではないかとされた。禊とかかれると難しい言葉になるが、元の意味が、身を削ぐことと捉えれば納得できる。
古代より日本人は、本来人間にはない脱皮を呪術として人為的に行い、永生をはかろうとしており、そういうことを日本人は好んだという。そのため、一年の折目節目に行われる年中行事の中に脱皮を擬くものが数多く織り込まれているという。
年の初めの若水汲み
年の暮れの大祓い
三月上巳の雛の節供
六月一日(ムケノツイタチ)
六月十五日 祇園祭(水神祭)
六月晦日 夏越の節句(茅の輪くぐり)
七月 盆祭り(七夕の竹を流す)
七月十四日 盆ガマ(屋外にカマドを築く)
例えば雛祭りの起源は、人形(ヒトガタ)をつくってこれに身のけがれを負わせて水に流すことだったと一般に説明されている。しかし、吉野氏はこれを、人形は本来の人にそっくりで、しかも死物であることから一種の抜け殻であって、脱皮の代用ではないかとされる。
この三月の節供は、上巳(初めの巳)、つまり蛇の日ということがほぼ室町時代にはさだまったとされる。このことからも、蛇の脱皮を擬くものであったことを内包しており、神事と蛇信仰には深い関係があると理解できる。
2.みそぎとしての脱皮に重要な意味をもたせたニーチェ
「脱皮できない蛇は滅びる。その意見をとりかえていくことを妨げられた精神も同様だ。」(曙光)
このニーチェの言葉が持つ意味は深く、その為に様々なところで使われ、企業研修でも好まれる。過去の成功体験に固執していては、環境の激変については行けず、その組織は凋落していく。組織に関わる個々人が、このことに留意する必要があるのだ。何か新しいことにチャレンジしようとする機運を、過去の経験に縛られた人が足を引っ張って前に進まなくすることもよくあることであり、組織の動脈硬化の元凶となろう。
これは、企業という組織だけでなく、人の関わる組織全般にも言えることだろう。私の関わる古代史会の組織も少しでも脱皮してくれたらとよく思うことがある。ちょうどパソコンに随時更新作業があるように、どんなものでも、過去にこだわらず刷新しないと生き残れないのではなかろうか。
みそぎとは、脱皮のことであるが、中には身を削ぐようなことはしていないのに、選挙で再選されると、「みそぎは終わった」などと言って、過去の悪事はなかったかのように振舞う政治家さんもおられる。これは、言葉の誤用、悪用だと思ってしまう。その面(ツラ)の皮を、本気ではがしてほしいものだ。
ニーチェの言葉の真意を真摯にとらえて、一人一人が、脱皮をしたつもりで気持ちを新たにすることが、人生の節目に必要な事かもしれない。
一年のけがれを削ぎ落すという点からすると、茅の輪くぐりを年末年始に行うのは、理にかなっていると言えるであろうか。
新年にあたって、茅の輪くぐりで、心と体のリフレッシュをされてもいいかもしれません。
離宮八幡宮はJR山崎駅からは東に徒歩ですぐのところ。 阪急大山崎駅からも改札口前の西国街道を西へ3分。茅の輪くぐりは1月13日どんと祭りまでです。
なお、東京の五條天神社や横浜市の神明社などでも正月に茅の輪くぐりは行われるようです。参考文献
吉野裕子『蛇―日本の蛇信仰』講談社学術文庫1999
吉野裕子『祭りの原理』(吉野裕子全集1)人文書院2007